シベリウス (Jean Sibelius) の数ある録音の中でも、特に音質と演奏内容で高い評価を受ける名盤が、チャールズ・グローヴズ (Charles Groves) 指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団による [EMI ASD 2961] です。 この一枚は、嶋護氏のディスクガイドや「The Absolute Sound Super LP List (通称TAS)」にも選出されるなど、確かな評価を得ています。
Charles Groves - Sibelius: The Tempest
EMI - ASD 2961

このレコードは、1974年の録音。指揮はサー・チャールズ・グローヴズ、演奏はロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団です。プロデューサーはEMIの名盤を数多く手掛けたクリストファー・ビショップ (Christopher Bishop)、レコーディング・エンジニアはスチュアート・エルサム (Stuart Eltham) が担当しました。
一般的に、クラシックレコードの音質評価ではDeccaやRCA、Mercuryといったレーベルが常に上位に挙げられ、EMIは一歩譲る印象を持つ方も少なくないかもしれません。しかし、EMIが擁する膨大なカタログの中には、それらと肩を並べる、あるいは凌駕するほどの優秀録音も数多く存在します。この [ASD 2961] は、まさにその代表格と言えるでしょう。
この録音の鍵を握るのが、エンジニアのスチュアート・エルサムです。以前に紹介したフレモーのオルガン協奏曲も彼の手によるものです。
彼はEMIにおいて常に第一線のエンジニアというわけではなく、スタジオTWOシリーズや、ロンドン以外の地方での録音を多く担当しました。彼の録音哲学は、いわゆる「ハイファイ的」なスペクタクルサウンドとは一線を画し、音楽本来の響きを大切にする「自然さ」にありました。TASリストがこの盤に ”particularly natural, as opposed to hi-fi spectacular sound” (ハイファイ的な壮大さとは対照的な、特に自然なサウンド)という評価を与えていることからも、その特徴がうかがえます。
収録されている劇付随音楽「テンペスト」は、シェイクスピアの戯曲のために作られたシベリウス晩年の傑作です。全34曲から作曲者自身が編んだ演奏会用組曲版がこのレコードには収められています。有名な交響詩「フィンランディア」などに比べると録音機会は多くありませんが、シベリウスの音楽が持つ、北欧の厳しくも美しい自然を思わせるクールな世界観が凝縮された作品です。
グローヴズの指揮は、作品全体を冷静に見渡し、客観的でありながらも音楽の深層を的確に描き出します。そして、エルサムの録音技術がその解釈を完璧に捉えているのです。誇張された低域や派手な高域はなく、まるで風が吹き抜けるように自然で、それでいて深々とした低音。オーケストラの各楽器が複雑に絡み合う場面でも、音が混濁することなく、一つひとつの響きが明瞭に聴き取れます。この透明感と実在感に満ちた音場こそ、エルサムの類稀なるバランス感覚の賜物でしょう。
オーディオ的な快感を追求する一枚というより、シベリウスの音楽そのものにじっくりと浸りたいリスナーにとって最高の選択肢と言えます。誇張のない自然なサウンドの中に、作品の持つドラマと詩情が余すところなく表現されています。
シベリウスの新たな魅力に触れたい方、そして録音芸術における「自然さ」の価値を再発見したい方に、推薦したい名盤です。
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