シベリウスの数ある録音の中でも、音質と演奏の両面で高い評価を受ける一枚が、チャールズ・グローヴズ指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団によるEMI ASD 2961です。
嶋護氏のディスクガイドや「The Absolute Sound Super LP List(通称TAS)」にも選出されており、オーディオファイルの間で確かな支持を得ています。
Charles Groves - Sibelius: The Tempest
EMI - ASD 2961

1973年の英国オリジナル盤。指揮はサー・チャールズ・グローヴズ(1915–1992)。
1963年から1977年までロイヤル・リヴァプール・フィルの音楽監督を務め、1973年にナイトの称号を授与された英国の名指揮者です。プロデューサーは、EMIで400以上の録音を手掛けた主任プロデューサー、クリストファー・ビショップ。レコーディング・エンジニアはスチュアート・エルサムが担当しました。
クラシックレコードの音質評価ではDeccaやRCA、Mercuryが常に上位に挙げられ、EMIは一歩譲る印象を持たれがちです。しかし、EMIの膨大なカタログの中には、それらに匹敵する優秀録音も数多く存在します。本盤はまさにその代表格と言えます。
この録音の鍵を握るのが、エンジニアのスチュアート・エルサムです。Abbey Roadスタジオでエコーチェンバーの開発にも携わり、ジョージ・マーティンが最も信頼したエンジニアの一人としても知られています。以前に紹介したフレモーのオルガン協奏曲も彼の手によるものです。エルサムはEMIにおいて常に第一線というわけではなく、スタジオTWOシリーズやロンドン以外の地方録音を多く担当しました。その録音哲学は、いわゆるハイファイ的なスペクタクルサウンドとは一線を画す「自然さ」にあります。
TASリストもこの盤に対し、ハイファイ的な壮大さとは対照的な、特に自然なサウンドという評価を与えています。
収録曲の劇付随音楽「テンペスト」Op.109は、シェイクスピアの戯曲のために書かれたシベリウス晩年の傑作です。1925年から1926年にかけて作曲され、全34曲の舞台音楽から作曲者自身が2つの演奏会用組曲を編みました。有名な交響詩「フィンランディア」などに比べると録音機会は限られますが、北欧の厳しくも美しい自然を思わせるクールな世界観が凝縮された作品です。
グローヴズの指揮は、作品全体を冷静に見渡し、客観的でありながらも音楽の深層を的確に描き出します。
エルサムの録音技術がその解釈を完璧に捉えており、誇張された低域や派手な高域はなく、風が吹き抜けるように自然で、それでいて深々とした低音が印象的です。オーケストラの各楽器が複雑に絡み合う場面でも音が混濁することなく、一つひとつの響きが明瞭に聴き取れます。この透明感と実在感に満ちた音場こそ、エルサムの類稀なるバランス感覚の賜物でしょう。
オーディオ的な快感を追求する一枚というより、シベリウスの音楽そのものにじっくりと浸りたいリスナーにとって最高の選択肢です。誇張のない自然なサウンドの中に、作品の持つドラマと詩情が余すところなく表現されています。
Roon
SACD
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