オーバーハングゲージは、レコードプレーヤーの音質を大幅に向上させる重要なツールです。正しく調整すると、トラッキングエラーが減ることで歪っぽさが少なくなり、見通しの良い再生音に変わります。
レコードプレーヤーの調整について、何回かに分けて記事にします。
まずは、トーンアームのオーバーハング調整について。
オーバーハングゲージの正しい使い方 - トラッキングエラーとは?
まず、そもそもオーバーハング、トラッキングエラーとは何でしょうか。
一般的なオフセットアームの場合
レコード信号は、カッターヘッドで外周から内周に向かって平行移動で溝が刻まれています。
しかし、レコードを再生する場合には、アームの支点を中心にカートリッジは円弧状にトレースしています。この針先とレコードの溝のズレをトラッキングエラーと呼びます。
図からもわかる通り、アームが長くなれば、大きな円を描きますのでトラッキングエラーは減少します。
しかし、アームが長くなることで感度が低下するデメリットもありますので、ロングとショートは好みです。
個人的には9インチか10インチのアームが好きです。
オーバーハングとは、センタースピンドルからカートリッジの針の先までの距離です。
15mm程度に合わせるのが良いという説明もありますが、後述するオーバーハングゲージで調整するのをお勧めします。
リニアトラッキングアームの場合
支点を中心に円弧上に動くトーンアームをオフセットアームと呼ぶのに対して、垂直に動くアームをリニアトラッキングアームと呼びます。
この場合は、トラッキングラーは発生しません。
トラッキングエラーが発生しないので、空間の定位が良い、レコードのノイズが少ない、レコード内周における歪感の減少など有利な点も多いのですが、支点が明確にならずに常に動きますので、力感が出にくく音が軽くなる傾向があります。
また、オフセットアームよりも高い工作精度が求められます。
この辺は好みですが、私はオフセットトーンアームの方が好きです。
理想的なトラッキングエラーの調整方法
トラッキングエラーを厳密に調整すると、レコード再生時のひずみがかなり改善されます。
それまで盤の状態が悪いと思っていたひずみも、調整が原因ということも考えられます。
基本的に、内周部でエラーが少なくなるように調整します。
リニアトラッキングの動きに対して、円弧を描くオフセットアームは、トラッキングエラーが0になるポイントが2カ所あります。
外周側はスピンドルから12cm前後を0にするのが基本だと思います。有名どころだと、SMEのオーバーハングゲージもこの値です。
レコードの最外周だと、おおよそ14cm程度だと思います。
なぜ、14cmではなくて12cmなのか?
これは単純な理由で、
まず、一番外側は、円が大きくなるためトラッキングエラーが出にくい。
次に12cmの方が、トラッキングエラーが最大になる中央部の誤差をより小さくできるからです。
レコードは常に同じ速さで回転しています。外周部と同じ情報を内周部に刻もうとすると、内周部の方が複雑です。
また、内周の方が円が小さくなりますので、トラッキングエラーの影響が出やすくなります。一般的なオーバーハングゲージだと、スピンドルから60mm程度を最内周部としています。
下の図はアームが円弧に動くことに対して、トラッキングエラーとひずみ率を図にしたものです。
トラッキングエラーが0になる場所が2つありますが、この2つのポイントが、オーバーハングゲージの調整箇所2点に該当します。
0になる場所も、いくつかの考えがあります。
余裕を持って内周を使わないレコードもあれば、レーベル面ギリギリまで収録されている作品もありますので、2つのポイントはレコードによって最適解が変わります。
通常のオーバーハングゲージはあらかじめメーカーが推奨するポイントに固定されていますが、自分でポイントを変更できるツールもいくつかあります。
ドイツのクリアオーディオは、音溝の最小半径の設定をIEC基準の60mm以外に、65 / 70 / 75mmで調整できます。外周側に焦点を当てる考え方です。
同じくドイツのacoustical systemsの調整ツール、スマートラクターは、従来の一般的なタンジェンシャル・カーブに加えて、同社が提案する独自のUNI-DINカーブでの設定も可能。一般的なカーブに比べて内周ひずみに強いカーブです。
また、2点調整のオーバーハングゲージで、内周で角度を合わせれば、外周は多少ずれていても良いと思っている人がいますが、内周、外周の2つのポイントは厳格に合わせます。
合わないという人もいますが、アームベースの位置が間違っていない限り、他の要因が考えられます。
オーバーハングゲージの使い方
大前提としてカートリッジをシェルに対して平行に取り付けます。
オーバーハングの値が何ミリという以前にこれが少しでもずれているとダメです。
一般的な2点調整の汎用オーバーハングゲージ
動画のように、外周側のポイントで調整した後、ターンテーブルを回して内周側のポイントでも調整を行います。
何ら問題が無いように見えますが、多少ずれていても実は分かりにくい調整です。
針先のスタイラスチップがとても小さいこと、カートリッジの平行面とゲージの直線を目視で合わせている以上、厳密なレベルで調整するのは難しいです。
それでもゲージを使わず、オーバーング15ミリとかで調整するよりはシビアにできます。お手軽ですのでゲージはあった方が良いです。
専用ゲージによるシビアな調整
こだわる方には、そのアーム専用のゲージを用意するのをお勧めします。
専用ゲージの2点調整の場合、外周、内周の2点の調整をターンテーブルを動かさずに行うことができます。
例えば外周側で調整をし、内周のポイントにアームを落とした際、スタイラスの位置が本来の位置より前後する場合があります。
これは、外周側で正しい位置だと思っていたオーバーハングの値が微妙にずれているか、シェルに対してカートリッジが厳密なレベルで平行に取り付けられていない、カートリッジのカンチレバーが曲がっていることが原因です。
一般的なターンテーブルを回して調整する2点調整の場合、この微妙な誤差は分かりにくいです。
付属品としてこのタイプのゲージが付いているアームは、調整についてよく考えていると思います。
私が知る限り、RoksanやVERTERE、Reedのアームなどはこのタイプが付属しています。
専用ゲージを入手する
自分が使っているアームには専用ゲージは無いな、という人がほとんどだと思いますが、サードパーティとして、各メーカーの専用ゲージを販売しているメーカーもあります。
参考: mint Best Tractor
私はebayで販売している業者から入手しました。
参考: Vinyl Source
外側 | 内側 |
ルーペもあると便利です。私は10倍を使っています。
オーバーハングゲージの使い方 まとめ
- オーバーハングゲージは、トラッキングエラーを減少させ、レコードプレーヤーの音質を向上させる重要なツール
- リニアトラッキングアームは、トラッキングエラーが発生しないが、力感が出にくい傾向がある
- オーバーハング調整の基本は、内周部でエラーが少なくなるように設定すること
- 一般的な2点調整の汎用オーバーハングゲージは、外周と内周の2点で調整を行う
- 専用ゲージによるシビアな調整では、ターンテーブルを動かさずに2点の調整が可能
- オーバーハング15mmは一般的な目安だが、オーバーハングゲージを使用した調整がより正確
- トラッキングエラーの調整により、レコード再生時のひずみが大幅に改善される
- カートリッジをシェルに対して平行に取り付けることが、正確な調整の前提条件
- 専用ゲージは各アームメーカーが提供しているものや、サードパーティ製のものがある
- ルーペを使用することで、より精密な調整が可能になる
コメント
コメント一覧 (9件)
たかさま
ご指摘ありがとうございます。
この図はオーディオテクニカのサイトを引用していますが、おっしゃるように、オフセット角はアーム固有の角度ですので、場所によって変化するのはトラッキングエラー角ですね。
後ほど、注釈を入れたいと思います。
「一般的なオフセットアーム」の図の赤字表記の「トラッキングエラー角」は「オフセット角」ではないでしょうか?オフセット角は同一アームの場合常に一定です。SME3012seriesⅡの場合のオフセット角は16.15°です。トラッキングエラー角はCADを使用し正確に作図すれば知ることができます。
針先を57mmまで出せるヘッドシェルなんてかなり限られてきますし、メーカーの公表値とかけ離れているし、いろいろと悩んでいました。ご教授頂きましてとても参考になりました。ありがとうございます。
2点調整の位置が異なれば、54mmになる可能性はあります。
本来はオーバーハング何ミリというのは重要では無くて、レコードの内周をXXcmと想定して、トラッキングエラーが少なくなるように、2点の位置を計算しています。その結果として、オーバーハングが〇〇ミリという数字が出ます。2点の位置でしっかり調整できているのであれば、オーバーハング何ミリを気にする必要はありません。オーバーハング何ミリよりも、2点調整の方が確実に精度は高いです。
お使いのゲージは内周側が60mmということなので、一般的なゲージよりも内周重視と言えます。ですから、DENONが想定しているポイントとはずれている可能性も考えられます。
エテルナさま
まだまだ理解が足りない素人ですみません。
使用しているオーバーハングゲージはスタイラスポイントが60mmと120mmの物です。それに合わせて調整すると針先の位置は約57mmほどになってしまいます。
それ以外のスタイラスポイントで調整した場合は指定の針先位置約54mmになるということでしょうか?
オーバーハングゲージの調整2点は、レコードの内周をどこまで考慮するかによっても、最適値が異なります。
お使いのオーバーハングゲージと、DENONが考えている最適値が異なる可能性もあります。
針先までの距離で測るのは1mm以下の細かい調整が難しい事、カートリッジが微妙に斜めに取り付けられていても分かりにくいので、2点調整をお勧めします。
エテルナさま
ご返答ありがとうございます。アームの長さに関わらず、ヌルポイントでの調整箇所は概ね変わらないということですね。
とても参考になりました。
DENON DP-1300mkⅡはメーカー指定オーバーハング数値が54mmですが、オーバーハングゲージで合わせるには針先までの距離を57mmほどにしなければならなりません。
他の購入者のレビューにも記載がありました。
メーカー公表数値がでたらめなんて事があるんですね。びっくりしました。
りんたろうさま
コメントありがとうございます。
例えば、下記の図をみていただくと分かりやすいと思います。
9インチと12インチのトラッキングエラーです。
https://e-shop.highendstudios.de/images/product_images/original_images/m2-12r_diagram.jpg
どちらも0になるポイントが同じですよね。
0になる2点が、2点調整のオーバーハングゲージの調整ポイントに該当します。
アームが長い方がトラッキングエラーは小さくなりますが、おおむね調整ポイントは同じと考えて良いと思います。
すみません。初歩的な質問で申し訳ないんですが。
例えば、DENON DP-500m 9インチアームで使えるオーバーハングゲージはDP-1300mkⅡ 10インチアームでは適合しないのでしょうか?
市販のオーバーハングゲージはfor 9 armと記載されている物しか見当たりません。
宜しくお願い致します。