ハイエンドオーディオの世界でその名を知らぬ者はいない伝説的エンジニア、マーク・レビンソン氏。彼が自身の理想のサウンドを追求するために設立したレーベルが「Mark Levinson Acoustic Recordings」です。クラシック作品が中心ですが、今回は彼自身がベーシストとして参加した、ジャズアルバムを紹介します。
Doug Levinson, Mark Levinson & Bill Elgart - Jazz at Long Wharf
Mark Levinson Acoustic Recordings - MAL 7

本作は、1977年9月にコネチカット州のロング・ワーフ・シアターで録音された、ピアノトリオによる即興演奏の記録です。このアルバムを語る上で欠かせないのが、マーク・レビンソンの徹底した録音哲学です。彼は編集やノイズリダクション、エフェクト処理を一切行わず、演奏そのものをありのままに記録することに全てを捧げました。
そのために、自身の名を冠した伝説のプリアンプ「LNP-2」や、スイスの名門Studer社のテープレコーダーをベースにしたカスタムメイドの録音機材など、考えうる最高の機材を投入。そして、記録媒体には45回転LPを採用しました。
一方で、その究極のサウンドに刻まれた音楽は、非常に前衛的でフリーフォームなものです。ドラムを担当するのは、ポール・ブレイとの共演歴もあるフリージャズ・シーンの実力者、ビル・エルガート (Bill Elgart) 。彼の存在が、このセッションの音楽的方向性を決定づけています。
ここでは、技巧の誇示よりも、三人の演奏家が互いの音に反応し、その瞬間にしか生まれ得ない音楽を紡ぎ出す、一期一会の緊張感が優先されています。ミステリアスなピアニストのダグ・レビンソン (Doug Levinson) 、そして自らも演奏に加わるマーク・レビンソン。彼らの演奏は、スリリングな音の対話そのものです。
このアルバムは、オーディオ的な快感と、前衛的なジャズのスリルが同居しています。現在ではSACDなどでの再発もなく、オリジナルLPも廃盤です。分かりやすいメロディや安定したスウィングを求める方には向きませんが、音のリアリティと、音楽が生まれる瞬間のヒリヒリとした緊張感を体験したいオーディオファイル、そしてレビンソン・ファンは聴く価値のある1枚です。
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