もし、20世紀を代表する巨匠ジョージ・セルが「私が生きている間は絶対に発売するな」とまで言い放った録音が存在するとしたら、聴いてみたくなりませんか。
本作はそのような曰く付きの一枚です。
George Szell - Tchaikovsky: Symphony No. 4
Decca - SPA 206

このレコードに収められているのは、チャイコフスキーの交響曲4番です。
演奏は、完璧主義者として知られる指揮者ジョージ・セルと、オケはロンドン交響楽団。録音は1962年9月、その優れた音響で名高いロンドンのウォルサムストウ・アセンブリー・ホールにて行われました。
プロデューサーは、ジョン・カルショー、エンジニアはアラン・リーヴが担当しています。
オリジナルはアナログのステレオ録音で、興味深いことに、この演奏はDeccaの高級シリーズであるSXL番では発売されませんでした。セルの死後、1971年になって初めて、廉価盤シリーズ「The World Of」の一枚として世に出ました。
この録音の最大の魅力は、その「鬼気迫る」としか表現できない圧倒的なエネルギーです。
これは、録音セッションで起こった有名な逸話と深く結びついています。当日、オーケストラのメンバーに多くの代役がいることに激怒したセルに対し、プロデューサーのカルショーは最初のテイクの再生音を意図的に小さく、迫力のない音で聴かせました。
これに激高したセルが、続くテイクでオーケストラから凄まじいまでの集中力とパワーを引き出した、らしいです。
その結果、従来のDeccaサウンドよりも、もっと直接的で、分析的、そして目の前にオーケストラが迫ってくるかのような音像です。
チャイコフスキー特有の感傷性を排除し、強い意志で推し進めている様に感じます。特にフィナーレは、高速のテンポの中で弦楽器群が虚飾なしに、純粋な音楽の力で盛り上げていきます。
ムラヴィンスキー盤の持つロシア的な激情や、カラヤン盤の持つ豪華絢爛な響きとは全く異なる、知的で、しかし「白熱」した情熱を秘めた演奏と言えるでしょう 。この録音の価値は、セルの厳格な音楽性と、セッションでの怒りが奇跡的に融合し、他に類を見ない高密度な演奏が生まれた点にあります。そして、その緊迫した空気感を、Deccaの録音技術が見事に捉えきっているのです。
この作品はSXLではリリースされていません。
録音当時で言えば、SXLのED1 or ED2だったでしょう。セルのDecca録音自体が希少ですので、そうなると市場の相場も何倍か上がっていたと思います。
初出がこのSPA 206です。
生前、セルがリリースを拒否したそうです。セルの作品としては入手性も高いですし、価格もこなれているのでお勧めです。
何度か買いましたが、マトリクス2W/1Wが一番古く、1W/1Wは今のところ遭遇していません。
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