現役の医師でありながら、その温かく芯のある歌声で多くの音楽ファンを魅了するシンガー、アン・サリー (Ann Sally)。彼女の作品群のなかでも、特にキャリア初期の名盤として名高い「ムーン・ダンス (Moon Dance)」が、2021年に待望のレコード化を果たしました。
オリジナルCDのリリースから約20年、アナログサウンドでどのように生まれ変わるのか、多くのファンが胸を躍らせた一枚です。
Ann Sally - Moon Dance
Columbia - COJA-9434
まず前提として、このアルバムが持つ音楽的な魅力は計り知れないものがあります。ジャズのスタンダード「I Wish You Love」から、スティーヴィー・ワンダーの「Overjoyed」、日本の名曲「蘇州夜曲」まで、ジャンルの垣根を軽やかに越えていく選曲。
そして、ゴンザレス三上氏 (GONTITI) や笹子重治氏 (CHORO CLUB) といった実力派ミュージシャンによる、アコースティックで味わい深い演奏。そのすべてがアン・サリーの知的なボーカルと完璧に調和し、一つの完成された音楽作品として成立しています。
私自身、彼女のCDをすべて揃えるほどのファンで、特に初期の作品に思い入れがあります。だからこそ、このレコードのリリースが発表されたと同時に注文し、大きな期待を寄せていました。
しかし、針を落として聴こえてきたサウンドは、正直なところ、期待を少し裏切るものでした。結論から言えば、2003年にリリースされたCD版 [VACM-1230] の方が、音質的な完成度は高いと感じます。
オリジナルのCDは、当時の優秀な録音・マスタリング技術によって、非常にバランスの取れたサウンドに仕上げられています。アン・サリーのボーカルが持つ独特の中低域の質感を余すところなく捉え、各楽器の音色も生々しく、空間の広がりを感じさせるものでした。
今回のレコード盤で期待していたのは、その質感がアナログならではの温かみや深みをまとって、さらに魅力的になることでした。しかし、実際に聴いてみると、CDで感じられた伸びやかさや音のきらめきが後退し、全体的に少し窮屈な印象を受けます。もちろん、レコード単体で聴けば作品として十分に楽しめます。ただ、一度でもCDの卓越したサウンドを知っていると、どうしても比較してしまい、物足りなさを感じてしまうのです。
このアルバムの音楽的価値は揺るぎないものですが、音質面を正直に評価するなら、CDを100点として60点ほどでしょうか。コレクションとして所有する価値は十分にありますが、最高の音質を求める方には、まずCDを聴くことをお勧めします。
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