20世紀を代表するピアニスト、スヴィアトスラフ・リヒテルと、生涯でわずか9作のスタジオ録音しか残さなかったカルロス・クライバー。
このドヴォルザークのピアノ協奏曲は、クライバーにとって唯一のソリストとの協奏曲スタジオ録音として知られています。1976年6月、ミュンヘンのビュルガーブロイケラーで収録されたこの音源を、英国EMIのオリジナルLP(ASD 3371)とSACD(TOGE-12056)で比較します。
Sviatoslav Richter - Dvorak: Piano Concerto
EMI - ASD3371

ドヴォルザークのピアノ協奏曲ト短調 Op.33は、作曲家唯一のピアノ協奏曲です。
ドヴォルザーク自身が「ヴィルトゥオーソのために書くことができなかった」と認めたように、ピアノがオーケストラと対峙するのではなく、交響的に溶け合う構造を持っています。そのためピアノパートが技巧的に映えないとされ、チェコのピアニスト、ヴィレム・クルツによる改訂版で演奏されるのが長らく通例でした。リヒテルはあえてこの原典版を採用し、作品本来の姿を提示しています。
録音は1976年6月18日から21日にかけて行われ、プロデューサーにジョン・モードラー、バランスエンジニアにエルンスト・ローテという布陣で収録されました。オリジナルLPはSQクアドラフォニック対応仕様で、1977年にリリースされています。
LP盤を聴くと、バイエルン国立管弦楽団の響きは滑らかで洗練された重厚さがあり、東欧のオーケストラが持つ土着的な野性味とは異なる印象を受けます。ビュルガーブロイケラーの音響特性もあってか、全体的にややドライで、ピアノの打鍵の芯が奥まった位置に定位する場面もあり、優秀録音とは言いがたいところです。
一方、SACD盤(TOGE-12056)では、マスターテープに起因するとされるピアノの音割れ気味な箇所も含め、音のピントを合わせる方向で調整されているようです。ただし、こちらも音が良いとは感じにくく、フォーマットの違いで印象は変わるものの、録音自体の限界は共通しています。
リヒテルとクライバーという2大巨頭の共演ではあるものの、演奏面では両者の個性が必ずしもかみ合っていない印象も受けます。
クライバーの推進力あるオーケストラ運びに対して、リヒテルの抒情的なアプローチがやや別の方向を向いている場面があり、この作品が求める交響的な一体感という点では物足りなさが残ります。音質・演奏の両面で手放しには評価しがたい一枚ですが、クライバー生涯唯一の協奏曲スタジオ録音という事実が、この盤に替えがたい歴史的価値を与えています。