バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータは、ヴァイオリニストにとっての聖典であり、数多の名盤が存在します。その輝かしいディスコグラフィーの陰で、実力ある奏者による録音が知られることなく埋もれていることも少なくありません。
1980年にフランスでひっそりと世に出た、ネル・ゴトコフスキーによるこの3枚組LPは、まさにそうした一枚です。
Nell Gotkovsky - Bach: Sonatas and Partitas for Solo Violin
RCA Red Seal - RL 37406

フランスのヴァイオリニスト、ネル・ゴトコフスキー(Nell Gotkovsky, 1939-1998)が1980年にフランスRCAに残した、バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」BWV 1001-1006の全曲録音です。
エンジニアはミレイユ・ランドマン。アナログ録音円熟期の充実したサウンドで、彼女の至芸が刻まれています。
ゴトコフスキーは音楽一家に生まれました。父ヤケル・ゴトコフスキーはカペー四重奏団のヴァイオリニストで、16歳でパリ音楽院を全科首席で修了。1956年にはジュネーヴ国際コンクールで銀メダルを獲得し、ダヴィド・オイストラフ、イヴァン・ガラミアン、ヨーゼフ・シゲティという20世紀を代表する巨匠たちに師事しています。1962年にはウォルター・レッゲの招きにより、オットー・クレンペラー指揮でロンドン・デビューを果たしました。シカゴ交響楽団をはじめ世界の主要オーケストラと共演を重ね、1984年にはフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章しています。
使用楽器は1770年製のグァダニーニ。一聴して感じるのは、その演奏のスケールの大きさです。オーケストラを思わせるような力強い音圧と、雄大で揺るぎない音楽の運びが聴く者を圧倒します。バッハが楽譜に込めた多声的な響きが、驚くほど明晰に、そして豊かに再現されていく様は圧巻です。
特に難曲シャコンヌでは、厳格な構築性と情熱的な表現力が見事に融合し、深い感動を呼び起こします。この録音がリリースされた1980年前後は、ナタン・ミルシテインやヘンリク・シェリングといった巨匠たちの決定盤が君臨し、ギドン・クレーメルやシュロモ・ミンツら新世代が台頭していた時代です。そうした名盤の中にあって、このゴトコフスキー盤は全く引けを取らない、独自の力強い輝きを放っています。
最も好きな全集の一つです。生命力に満ち溢れた、スケールの大きなバッハを求めるすべての方に推薦します。