ハイペリオンにおける膨大なピアノ作品の中でも、個人的にはとても思い入れのある作品の1つで、レコードが出るのを心待ちにしていました。
サン=サーンスのピアノ協奏曲のリファレンスとしておすすめします。
Stephen Hough - Saint-Saens: The Complete Works for Piano and Orchestra
Hyperion - LPA67331
CDA67331/2

ピアニストのスティーヴン・ハフ (Stephen Hough) によるこの演奏は、2002年のグラモフォン賞で最高の栄誉「年間最優秀レコード賞」を受賞しました。しかし、この盤の評価を不動のものにしたのは、その6年後の2008年の出来事です。
グラモフォン賞創設30周年を記念し、過去30年間の歴代「年間最優秀レコード賞」受賞作の中から、最高の1枚を決定する読者投票が行われました。そして、数々の伝説的な名盤を抑えてこのハフのサン=サーンスが1位に選出され、特別な「ゴールド・ディスク」の栄誉に輝いたのです。まさに、歴史が証明した名盤中の名盤と言えます。
その評価の根幹にあるのが、完璧な録音と演奏です。2000年9月、プロデューサーのアンドリュー・キーナーと名エンジニアのトニー・フォークナーによってデジタル収録されました。マスターの正確なフォーマットは公開されていませんが、他の作品とは異なり、本作はSACDや96k/192kといったハイレゾでの配信はされていません。CD規格である16bit/44.1kHzのみのリリースですが、そのことからもかえって、マスター音源そのものの質の高さがうかがえます。
そして、スティーヴン・ハフのピアノは、その完璧な録音の中で音楽の生命を躍動させます。彼の演奏は流れる水のようで、超絶技巧にも一切の力みがありません。細部の音が混濁せず、複雑なオーケストレーションの中でもピアノの輪郭が常に明瞭なのは、彼の知性的なアプローチの賜物です。
この全集の中でも特に耳を惹くのが、ピアノ協奏曲第2番です。
サン=サーンスに師事したピアニスト、ジグムント・ストヨフスキが「バッハに始まり、オッフェンバックに終わる」と評したように、この曲は劇的な変貌を遂げます。バッハのオルガン曲を思わせる荘厳な独奏で幕を開け、やがて軽妙なスケルツォを経て、最後はオペレッタのように華やかなフィナーレへとなだれこみます。ハフの演奏は、この大胆な構成の面白さを極めてクリアな見通しで描き出し、オーディオ的な快感と音楽的な興奮を見事に両立させています。
CDとLPを比較してみると、ピアノの質感自体はレコードの方が優れていますが、空間の広さやレンジはデジタルのほうが有利に感じました。ソースに忠実な情報の正確性と空間表現を求めるならCDを、そしてピアノという楽器の質感をより生々しく味わいたいならをLPをおすすめします。
ちなみに、私はエソテリックのリマスターSACDの音質を、あまり評価していません。なぜなら、それらはハイペリオンが本作で実現したような絶妙なピアノとオーケストラのバランスや、音楽全体を自然に俯瞰するような見通しの良さが実現できていないと感じるからです。個々の音がバラバラに主張しすぎるように聴こえるのです。
私が好きなのは、まさに本作のような録音です。

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