1964年、ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、その黄金時代の絶頂期にありました。彼らがドイツ・グラモフォンに遺した数々の名盤の中でも、フランス音楽の金字塔であるドビュッシーの「海」とラヴェルの「ダフニスとクロエ」を収めたこの一枚は、ひときわ異彩を放っています。
これは伝統的なフランス的演奏とは全く異なるアプローチで構築された、壮麗かつモダンな音です。
Herbert von Karajan - Debussy: La Mer, Ravel: Daphnis and Chloe
DG - SLPM138 923

このレコードは、1964年にベルリンのイエス・キリスト教会で録音されました。この教会は、その豊かな響きで知られ、数多くの伝説的な録音が生まれた場所です。プロデューサーはオットー・ゲルデス (Otto Gerdes)、そしてエンジニアは名手ギュンター・ヘルマンス (Günter Hermanns) が担当しました。彼らの卓越した技術が、カラヤンが志向したサウンドを見事に捉えています。
カラヤンは生涯でドビュッシーの「海」を5回録音しており、この1964年盤は2回目の録音にあたります。
1952年 Columbia - 33CX フィルハーモニア管(モノラル)
1965年 DG - SLPM 138 923 ベルリンフィル
1977年 EMI - ASD 3431 ベルリンフィル
1979年 DG - 2535 351 ベルリンフィル
1987年 DG - 413 589-2 ベルリンフィル (CD)
この演奏は後年の録音に比べて速めのテンポ設定が特徴で、作品全体が引き締まった力強い印象を与えます。しかし、その演奏の本質は単なる「勢い」ではありません。フランス音楽特有の曖昧さや色彩の変化よりも、スコアの細部までを徹底的に磨き上げ、オーケストラの機能美を極限まで追求した、極めて構築的なアプローチが貫かれています。これはまさに、カラヤンとベルリン・フィルというコンビでしか実現し得ない、豪華絢爛なサウンドです。
一方で、伝統的なフランス音楽の持つ、霞がかかったような神秘的な雰囲気を求めるリスナーにとっては、この演奏の隅々までコントロールされた完璧主義が、かえって窮屈に感じられるかもしれません。すべてが明確すぎるがゆえに、聴き手の想像力が入り込む余地が少ないと感じるのも無理はないでしょう。
録音は、イエス・キリスト教会の豊かな残響を活かしつつも、各楽器の輪郭をシャープに捉えており、60年以上前の録音とは思えないほどの鮮度を保っています。特に「ダフニスとクロエ」の冒頭、カールハインツ・ツェラー (Karlheinz Zöller) によるフルートのソロは、空間に溶け込むような美しさです。
オーケストラという名の楽器を完璧に鳴らし切り、音楽を壮大なスケールで再構築する「指揮者カラヤン」の美学を体験するには、これ以上ない一枚です。

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