最も偉大なピアニストは誰か?と問われれば、スヴャトスラフ・リヒテルは必ず上位に名を連ねる演奏家です。
1970年から1973年にかけて、ザルツブルク郊外のクレスハイム宮殿でベーゼンドルファーを使って録音されたバッハの平均律クラヴィーア曲集は、彼の膨大な録音の中でも特に重要な位置を占めています。
スタジオ録音としては第1巻・第2巻ともに一度しか録音されていないにもかかわらず、本作品は世界各地のレーベルからリリースされてきました。プロデューサーはフリッツ・ガンス、エンジニアはホルスト・リントナーが担当しています。私も大好きなピアニストの1人で、今回はその中でも思い入れのある平均律を取り上げます。
本当の意味でのオリジナル作品はどれなのか、LPに限定して検証してみます。
Sviatoslav Richter - Bach: Well-Tempered Clavier
Eurodisc - 80651 XGK (Book I) / 85629 XGK (Book II)
ETERNA - 826 602/4 (Book I) / 826 791/3 (Book II)
CDもリマスターを含めて何種類も出ていますが、CDの音質は評判が悪く、SACD化されてようやくまともな音になったという意見を耳にします。CDを持っていないので、ここではコメントを控えます。
まず、ソニーミュージックでSACD化された際(2002年)の紹介文を一部引用します。
この有名な録音は、日本でも新世界レコードから1972年と1974年に第1巻・第2巻に分けて発売された後、日本ビクターのメロディア・レーベルから LP、そしてCD(1994年には日本のマスターを使用して20ビット化されている)として発売。またこの録音は、世界各地でもシャン・デュ・モンド(フ ランス)、EMIおよびオリンピア(イギリス)、ミュージカル・ヘリテイジ・ソサエティ(アメリカ)、エテルナ(東独)、リコルディ(イタリア)などさま ざまなレーベルから発売され、CD化もされてきたが、これまでのCDでは残響豊かなクレスハイム宮殿で録音されたことによるLP時の雰囲気豊かな音質を再 現することが出来なかった。 今回のリマスタリングに当たっては、その中でも最も音質が明晰で豊かとされてきたドイツのRCAアリオラ=オイロディスク盤のオリジナル・アナログ・マス ターを使用。24ビット/96Khzリマスタリングを施すことによって、すべての既出盤を上回る決定的な音質向上が図られる。
参考: J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集(全曲) スヴャトスラフ・リヒテル
ここでは、西独Eurodisc版が最も音質が優れていると紹介されています。オリジナルLPとしては、このEurodisc版を指す傾向が強いように感じます。
Eurodisc - 80651 XGK(1巻), 85629 XGK(2巻)
このジャケットを採用したCDも良く見かけます。LPの場合は、BOXになっていて、それぞれ3枚組です。
ただし、1巻の3枚目はA面のみなので実質2.5枚です。2巻は3枚目も両面仕様です。

私が知る限り、このシリーズでも3種類あります。グレーラベルが初版、2版がゴールド、3版がレッドラベルです。ラベルを見ればわかる通り、露Melodiyaと西独Eurodiscの共同リリースです。
このスタジオ録音は、ザルツブルクのクレスハイム宮殿を中心に収録されています。第2巻の一部はウィーンのポリヒムニア・スタジオでも録音されました。
リヒテルはソ連のピアニストであり、当時は国外での録音にはオリジナルかマスターテープの提供が必要だったそうです。この共同リリースでどのような役割分担があったのかは良くわかりませんが、本来はMelodiyaがマスターを所有していると考えるのが自然だと思います。
CD化された作品で、Melodiyaマスター盤というのは見かけません。ほとんどがオイロディスクをマスターとしている気がします。
これがオリジナルと結論付けたいところですが、ここで東独ETERNAの存在を忘れてはいけません。
ETERNA - 826 602/4(1巻), 826 791/3(2巻)
ETERNA盤はBOXの存在は無く、全てバラ売りです。1巻2巻それぞれ3枚バラ仕様となります。
Eurodiscは1巻が実質2.5枚なのも含めて、ETERNAの方がカッティングに余裕があり有利な気がします。

ブラックラベルが初版です。2版はブルーになりますが、ブラックしか見かけないような気もします。ここでもMelodiyaとの共同リリースであることがわかります。
以上のことを考えると、Melodiyaのマスターを東西ドイツでそれぞれ独自にカッティングしているような気がします。もしくは、Melodiya=EurodiscのマスターをETERNAが独自でカッティングしている可能性もあります。
広義ではこの3社のリリースがオリジナルと言えそうです。
東西ドイツ2社の音質比較をしてみると、大きな差ではないですが、ETERNA盤の方が明瞭度が高く、混濁感が少なく良好であることがわかります。Eurodisc 2版のゴールド盤とも比較したことがありますが、Eurodisc初版と2版の差の方がわかりやすいように感じます。
ETERNA ≧ Eurodisc グレー > Eurodisc ゴールド
という感じです。
巷のCD評では、風呂場で聴いているようなエコー過多な酷いサウンドと書かれているのを目にしますが、ETERNA盤ではもちろん、Eurodisc盤でも残響成分は多いにせよ、違和感なく演奏を聴くことができます。
ここで気になるのが、本家Melodiyaの単独作品です。同レーベルというと盤質にムラがありノイズが多いこと、同じ作品なのにジャケット(BOX)が異なること、そもそもロシア語で何と書いてあるかわからないなど、購入する上でのハードルが高く、この平均律は所有していません。
かつてMelodiyaに対しては良いイメージを持っていませんでしたが、何枚か聴いてみると、良い盤は本当に自然な音色を持っていて、ETERNAとはまた違った魅力のあるレーベルだと今は評価しています。そのうちMelodiyaオリジナルを加えて改めて3種比較してみたいと思います。当作品のMelodia初版をお持ちの方がいらっしゃれば、ご意見を伺いたいところです。
なお、その後ソニーから発売されたSACD(SICC-10144/7、2012年)は入手しました。ドイツ・ソノプレス社に保管されていたオリジナル・アナログ・マスターからのDSDマスタリングによるもので、CDは持っていないため比較はできませんが、SACDの音は悪くありません。
さらにタワーレコードからもSACDシングルレイヤー盤(2025年発売)が復刻されていますが、そちらは未所有です。