1970年代初頭のアメリカ音楽シーンに、突如として現れた一陣の優しい風。
それは、ひとりの教師とその生徒たちが奏でた、素朴で心温まる歌声でした。本作「エイブラムズ先生とストロベリー・ポイント小学校4年生」は、単なる企画盤ではなく、時代の空気と数々の才能が奇跡的に交差して生まれまた作品です。
Miss Abrams and the Strawberry Point 4th Grade Class
Reprise - MS2098

このプロジェクトの中心人物は、当時カリフォルニア州ミルバレーの小学校教師だったリタ・エイブラムス(Rita Abrams)氏。東海岸から移り住んだ彼女は、ミルバレーの美しい自然とコミュニティに感動し、1969年のクリスマスの日、園児たちのために一曲の歌を書き上げます。それが、後にこのアルバムの核となる「Mill Valley」です。
彼女の運命を変えたのは、音楽プロデューサー、エリック・ジェイコブセン(Erik Jacobsen)氏との出会いです。ザ・ラヴィン・スプーンフル(The Lovin' Spoonful)やノーマン・グリーンバウム(Norman Greenbaum)を手掛けた彼は、パーティーで偶然聴いたリタの歌に心を奪われます。後にジェイコブセン氏は、ワーナー・ブラザーズの重役会議で、自身のもう一つのヒット作「スピリット・イン・ザ・スカイ」と共にこの「Mill Valley」をプレゼンしました。
この奇跡は、当時のリプライズ・レコード(Reprise Records)の社風とも無関係ではありませんでした。社長であったモー・オースティン(Mo Ostin)が掲げた「アーティスト第一主義」の哲学は、商業的な見込み以上に、才能の独創性を尊重するものでした。このレーベルの存在が、本作のようなユニークなプロジェクトの実現を後押ししたのです。
1970年にシングルがヒットした後、さらに驚くべき才能が引き寄せられます。
プロモーションビデオは若き日のフランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola)が監督し、写真は世界的な写真家アニー・リーボヴィッツ(Annie Leibovitz)が撮影しました。一人の教師の純粋な想いが、偶然の出会いを呼び、時代の才能を巻き込みながら、必然とも言える形で結晶化したのがこのアルバムです。
リタ自身が手掛けた歌詞は、自然への賛美や日々の暮らしの中にある幸福感を、子供たちの視点を通して誠実に歌い上げています。そこには政治的なメッセージや観念的な言葉はなく、ただひたすらに、目の前にある美しい世界への肯定感が満ちています。
可愛らしい子供コーラスもそうですが、楽曲のレベルも高いですし、周りを完全にプロで固めているので、アルバムとしての統一感があり洗練されています。
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