ワンポイント録音を信条としたMAレコーディングス。
純粋なクラシックの作品は意外と少ないです。
1994年に世に送り出したこのアルバムは、CDとLPでそれぞれ完全に独立した録音システムを用いて制作されました。これは単なるフォーマット違いではなく、音楽体験そのものを二通り用意したプロデューサーの強い意志を感じます。
伊藤 栄麻 - Bach: Goldberg Variations
MA Recordings - M024A

ピアニスト伊藤栄麻による本作は、1994年2月に長野県の松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)にて録音されました。プロデューサーは、MA Recordings主宰のトッド・ガーフィンクル (Todd Garfinkle) 氏です。
この録音の最大の特徴は、メディアごとにマイクからレコーダーに至るまで、完全に分離された2系統のシステムで収録されている点にあります。
- CD用マスター
米谷淳一氏制作のマイクとdCS 900B A/Dコンバーターを使用。 - LP用マスター
Brüel & Kjær 4006 無指向性マイク2本とStuder A820 オープンリールデッキ(76cm/s)でアナログ録音。
通常、一つのマスター音源から各フォーマットが作られますが、本作ではそれぞれのメディアの特性を最大限に引き出すべく、録音の段階から全く別のアプローチが取られました。
この録音思想は、音質にも明確に表れています。CDで聴く音は、デジタルならではの高い解像度としなやかさ、柔らかな響きが印象的です。伊藤栄麻の繊細なタッチ、ピアノの微細な響きのコントロールが見事に捉えられています。
一方、レン・ホロヴィッツがカッティングを手掛けたLPは、アナログ録音ならではの音の厚みと、ホールの空気感を丸ごとパッケージしたような広大な音場が魅力です。まさに「懐の大きい音」と表現するにふさわしい、豊潤な音楽体験をもたらしてくれます。
伊藤栄麻の演奏は、グレン・グールドのような鋭さとは対極にある、優しくも芯のある美しいタッチが特徴です。奇をてらうことのない誠実な解釈が、MA Recordingsのピュアな録音と相まって、バッハの音楽の構造美を静かに、そして深く描き出しています。
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