アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが奏でるドビュッシーの前奏曲集は、ピアノ音楽の金字塔として今なお輝きを放っています。ドビュッシーが紡いだ幻想的な分散和音と、ミケランジェリの正確無比な演奏技術、そしてどこまでも透き通った硬質なガラスを思わせる独特の音色が融合したこの録音は、まさにピアノで表現できる一つの到達点です。
今回は、1978年のアナログ録音である前奏曲集第1巻を取り上げます。
Arturo Benedetti Michelangeli - Debussy: Préludes Volume 1
DG - 2531 200

この歴史的名盤が産声を上げたのは、1978年8月のことでした。ドイツ・ハンブルクにあるムジークハレ(現ライスハレ)の豊かな響きの中、プロデューサーのコルデ・ガーベン (Cord Garben) とエンジニアのクラウス・ヒーマン (Klaus Hiemann) という、ドイツ・グラモフォン黄金期を支えた名コンビによって収録されています。
ミケランジェリのピアノは、しばしば「完璧」という言葉で語られます。その一音一音は驚異的なコントロール下にあり、まるで精緻な彫刻を思わせる造形美を誇ります。この第1巻では、その完璧な技巧がアナログ録音ならではの温かみと空気感をまとっているのが大きな特徴です。「デルフィの舞姫たち」の荘厳さ、「沈める寺」から立ち上る神秘的な霧のような響きは、聴く者を幻想の世界へと誘います。アナログテープが捉えたピアノの音は、倍音を豊かに含み、デジタルとは異なる実在感を伴って空間に広がっていくようです。
このレコードを語る上で欠かせないのが、10年の歳月を経て1988年にデジタルで録音された前奏曲集第2巻との比較です。同じ演奏家、同じプロデューサーでありながら、録音技術の違いが音楽の聴こえ方に興味深い差異をもたらしています。スイスのラ・ショー=ド=フォンで収録された第2巻は、デジタル録音特有の静寂の中に音がクリスタルのように浮かび上がります。音の輪郭はより鮮明で、ミケランジェリのタッチの微細なニュアンスまで克明に捉えられています。
今回、紹介するアナログ録音の第1巻は、音の粒子がより滑らかに溶け合い、ホール全体の響きと一体となった音楽を体験させてくれます。
幸いなことに、この第1巻はオリジナルのLPでも比較的入手がしやすい一枚です。近年ではエソテリック社からSACDとしても復刻されており、現代の技術でこの名演に触れる機会も増えました。SACD盤では硬質感が少し強調されていますが、それもまたこの作品の持つ孤高の美しさを際立たせているように感じられます。

LPと同じ演奏ではありませんが、沈める寺の動画を紹介します。
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