ピアニスト、ジュリアス・カッチェン (Julius Katchen) の多彩な魅力を一枚で味わうなら、この「アンコール集」は外せません。彼の代名詞である情熱的なヴィルトゥオジティと、内面を深く見つめるような繊細な表現力。その両極の才能が、デッカの伝説的エンジニアによる優れた録音によって、奇跡的なバランスで封じ込められています。
Julius Katchen - Encores
Decca - SXL 2293

このレコードは、アメリカ出身のピアニスト、ジュリアス・カッチェンがデッカに残した数多い録音の中でも、特に彼の多面的な芸術性を堪能できる名盤です。1961年にリリースされ、プロデューサーはレイ・ミンシャル (Ray Minshull)、そしてエンジニアはあのケネス・ウィルキンソン (Kenneth Wilkinson) が担当しました。このコンビが生み出したサウンドは、まさにステレオ録音黄金期のデッカが到達した一つの頂点と言えます。
収録されたプログラムは、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」に始まり、ブラームス、メンデルスゾーン、ショパン、そしてファリャの「火祭りの踊り」まで、時代も国も異なる作曲家の小品が並びます。カッチェンは、これらの多様な作品に対し、驚くほどの集中力で没入していきます。
その姿は、同じく超絶技巧と深い精神性を併せ持ち、親交があったとされるスヴャトスラフ・リヒテル (Sviatoslav Richter) にも通じるものがあります。
しかし、このアルバムの魅力は、単なる技巧の披露に留まりません。むしろ、円熟期を迎えたカッチェンの、より内面的で思慮深いピアニズムが前面に出ているのが特徴です。ウィルキンソンによる録音は、ピアノという楽器の持つ響きを余すところなく捉えており、ハンマーが弦を打つ瞬間から、豊かな倍音が空間に溶けていくまでの過程が、生々しいリアリティをもって迫ってきます。1961年の録音から60年以上が経過した現在でも、その音の鮮度は全く色褪せることがありません。
こちらは廉価版です。
Decca SPA110

これはデッカの廉価盤にあたるSPAシリーズです。SXLナローバンドと同じ小さい四角のロゴで、レーベル面が青いのが特徴です。
ジュリアス・カッチェンの録音の中でも、この [Decca SXL 2293] は比較的手に入りにくい稀少盤ですが、その価値は十分にあります。オリジナル盤との音質の差はありますが、もし廉価盤で見かけることがあれば、同じ内容を収録した [Decca SPA 110] も、この名演に触れる素晴らしい機会となるでしょう。
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