オーディオの世界では、ベルリオーズの「幻想交響曲」が持つ劇的なダイナミクスやスペクタクルな響きは、デモンストレーションに最適な楽曲として知られています。
しかし、英デッカが世に送り出した本作は、そうしたオーディオ的な快感とは一線を画す、指揮者エルネスト・アンセルメ (Ernest Ansermet) 独自の解釈が光る名盤です。
Ernest Ansermet - Berlioz: Symphonie Fanatastique
Decca - SXL 6343

この録音は、アンセルメが創設し長年指揮を務めたスイス・ロマンド管弦楽団 (L'Orchestre de la Suisse Romande) と共に、1967年10月にジュネーヴのヴィクトリア・ホール (Victoria Hall) で行われました。
プロデューサーはエリック・スミス (Erik Smith)、エンジニアはジェームズ・ロック (James Lock) が担当しています。
革新的なオーケストレーションと劇的な物語性を持つこの作品に対し、アンセルメの指揮は過度なロマンティシズムを排し、スコアへの忠実さと構造的な明晰さを追求しています。その演奏はまさに「模範的な節度」と呼ぶにふさわしく、各楽器のパッセージが驚くほどクリアに聴こえてきます。
特にオーディオファンが期待しがちな最終楽章「ワルプルギスの夜の夢」では、音にならないような地響きや爆発的なエネルギーをあえて抑制している用に感じます。結果として、派手な音響効果よりも、ベルリオーズが描き出した音楽そのものの精緻な構造を浮き彫りにしています。
この盤の録音自体は、デッカの数ある名録音の中では「中庸」と感じられるかもしれません。しかし、亡くなる少し前の、84歳という高齢でありながら現役でこの演奏を完成させたアンセルメの、まさに「境地に達した」境地がそこにあります。
オーディオ的な快感を求めるよりも、円熟した巨匠の深い解釈に触れたい方におすすめの一枚です。
コメント