クラシック音楽の録音史には、後世の演奏解釈に大きな影響を与え、長く基準とされ続ける盤が存在します。
1972年にドイツ・グラモフォンからリリースされたマウリツィオ・ポリーニによるショパンの練習曲集は、まさにそうした歴史的な一枚です。録音から半世紀以上が経過した現在も、この演奏はショパンのエチュード録音における最高峰として揺るぎない評価を維持しています。
Maurizio Pollini - Chopin: Etudes Op.10 & Op.25
DG - 2530 291

1960年、18歳のポリーニは第6回ショパン国際ピアノコンクールで優勝を果たします。
審査委員長のアルトゥール・ルービンシュタインに「審査員の誰よりも上手い」と言わしめた衝撃的なデビューでした。その後ドイツ・グラモフォンと契約し、初期の代表作として1972年に録音されたのが本作です。
録音は1月と5月の2回に分けてミュンヘンのヘラクレスザールで行われ、プロデューサーはライナー・ブロック、録音エンジニアはハインツ・ヴィルトハーゲンが担当しています。
練習曲という極めて高度な技術と音楽性を同時に要求される作品群に対し、ポリーニが提示したアプローチは衝撃的なものでした。感情の波に身を任せるロマンティックな解釈とは対極にあり、芸術家というよりアスリートのように、超人的な技巧と知性で音楽の構造を完璧に構築しています。
一音たりとも疎かにしない正確無比な打鍵、一切の濁りがないクリアなパッセージ、そして鋼のように強靭なリズム感。
それはショパンの情熱や詩情を否定するものではなく、無駄な感情表現を削ぎ落とすことで、作品本来が持つ建築的な美しさと内なるエネルギーをより純粋な形で浮かび上がらせています。BBC Music Magazineはこの演奏を「完璧な演奏」と評しました。
録音はピアノの輪郭をシャープに捉え、ポリーニの精緻なタッチを余すところなく記録しています。
本作はプレスによる音質差が大きいことでも知られており、特にCDではプレスの違いが顕著に感じられます。CDは西ドイツプレスがおすすめです。ポリーニが成し遂げた「アスリート的」な偉業は、音楽が到達しうる一つの極点を示しており、あらゆる意味で興味が尽きないアルバムです。