「このCDは録音レベルが高すぎて音が潰れている」「音が極端に左右に振られているな」。普段音楽を聴いていると、そんな感想を抱くことがあります。
しかし、なぜ制作者はそのような音作りをしたのでしょうか。
録音や制作の技術的な背景を少し知るだけで、同じ音源から聴き取れる情報量はまったく変わります。この記事では、書籍「とーくばっく ~デジタル・スタジオの話~」を通じて、リスナーの視点から録音を理解する面白さを紹介します。
「とーくばっく ~デジタル・スタジオの話~」とは

デジタル録音・制作の現場で使われる技術を、リスナーにもわかる言葉で解説した一冊です。現在は一般の書店では販売されておらず、著者の方から直接購入しました。
参考: とーくばっく~デジタル・スタジオの話のご案内
録音エンジニア向けのマニュアルではなく、「なぜこういう音になるのか」をデータと実例で説明してくれるのが特徴です。演奏も録音もしない立場でも、読み進めるたびに発見があります。
本書から得た3つの発見
ハイレゾで録ってから変換する理由
レコードをデジタル化する際、最終的にCDフォーマット(44.1kHz/16bit)にする場合でも、一度96kHz/24bitで録音してから変換した方が音が良いと感じていました。
本書ではその理由がデータとともに説明されています。高いサンプリングレートで収録すれば折り返しノイズ(エイリアシング)を可聴帯域から遠ざけられること。ビット深度に余裕を持たせれば後の処理で生じる量子化ノイズを抑えられること。自分の感覚が理論で裏付けられたのは、大きな収穫でした。
レコードのデジタル化についてはZoom F3を使った具体的な手順をまとめています。

ディザリングの正体
言葉は知っていても役割が曖昧だった「ディザリング」についても再確認できました。24bitから16bitへビット深度を下げるとき、微小なノイズをあえて加えることで量子化歪みを聴感上マスクする処理です。DAWの設定画面で見かけるこの項目の意味を正しく理解できたのは有益でした。
M/S処理と「中抜け」の正体
個人的に最も興味深かったのが、M/S処理に起因する位相の問題です。
ロック系の作品で、ボーカルがセンターに定位し、ギターやキーボードが左右に広がっている。パートの配置としては理想的なはずなのに、なぜか楽器の音にボーカルが埋もれて「中抜け」したように聴こえることがあります。
M/S処理とは、ステレオ信号をMid(左右の和=センター成分)とSide(左右の差=広がり成分)に分離して個別に加工し、再びステレオに戻す手法です。マスタリングで音圧を稼いだり、ステレオの広がりを調整する際によく使われます。
本書を読んで理解できたのは、このM/S処理の過程でSide成分を強調しすぎると位相が回り、センターに定位すべきボーカルのエネルギーが相対的に薄くなるという現象です。制作側が広がり感や音圧を追求した結果、意図せず中抜けが生じるケースがあるということでした。
この知識があると、聴いていて違和感のある音源に出会ったとき、「制作者が意図した音なのか、処理の副作用なのか」と考えを巡らせることができます。正解がわかるわけではありませんが、音楽の聴き方に一つ軸が加わる感覚です。
本書は音に興味を持つリスナーが「なぜこう聴こえるのか」を理解するための一冊です。音楽をより深く味わいたいと思ったとき、機器のアップグレードだけが手段ではありません。制作者側の視点を少し知るだけで、同じシステムから聴き取れるものが確実に増えます。
Roon
SACD
コメント