
かつて「スイッチング電源は悪、オーディオにはアナログ電源」という考えが主流でした。しかし近年、技術の進歩により、高効率で優れたスイッチング電源が登場し、オーディオメーカーでも採用例が増えています。
その中でも特に注目されているのが、スマートフォン等の充電器で急速に普及している「GaN(窒化ガリウム)電源」です。この記事では、GaN電源がオーディオの音質を向上させる可能性と、その性能を最大限に引き出すための正しい選び方・使い方を解説します。
窒化ガリウム(ちっかガリウム、GaN)はガリウムの窒化物であり、主に青色発光ダイオード(青色LED)の材料として用いられる半導体である。また、近年ではパワー半導体やレーダーへの応用も期待されている。ガリウムナイトライド (gallium nitride) とも呼ばれる。
窒化ガリウム - Wikipedia
【結論】GaN電源はオーディオの新たな選択肢 ー ただし「回路」の理解が必須
まず結論から言うと、GaN電源は、正しく選べばオーディオの音質改善に有効な選択肢です。高価なオーディオ専用電源に手が出ない場合の、非常に有力な一手となり得ます。
しかし、「GaN」という素材を使っているだけでは高音質は保証されません。音質、特にノイズ性能を最終的に決定づけるのは、内部の「回路方式」です。中でも、高性能な電源に採用される「PFC+LLC方式」を搭載しているかどうかが、音質を見極める上で最も重要な判断基準となります。
目的別・おすすめGaN電源
- 最高性能を求めるなら ー UGREEN Nexode 300W
理想的な「PFC+LLC回路」と他を圧倒する大容量フィルターを搭載。 - 手軽さと性能を両立するなら ー Baseus 140W
壁コンセントに直接挿せる利便性と、PFC+LLC回路を両立。 - コストパフォーマンス重視なら ー Anker 511 / UGREEN Nexode Mini 30W
単ポートで回路がシンプル。大手メーカーによる堅実な設計で、最初の一台に最適。
なぜGaN電源がオーディオに注目されるのか? ー 従来のACアダプターが抱える問題
そもそも、なぜ電源の交換が必要なのでしょうか。それは、ネットワーク機器に標準で付属するACアダプターのほとんどが、オーディオにとって大きな問題を抱えているからです。
従来のACアダプターが抱える「ノイズ」問題
ネットワーク機器に標準で付属してくるACアダプターのほとんどは、コストを最優先に設計された「スイッチング電源」です。その多くは「フライバック方式」と呼ばれる非常にシンプルな回路を採用しています。
この方式は、構造上、高周波のスイッチングノイズを発生させやすく、このノイズが電源ラインを通じてオーディオシステムに混入します。結果として、デジタル信号の揺らぎ(ジッター)の増加やS/N比の悪化を招き、音の透明感やディテールを著しく損なう原因になります。
GaN(窒化ガリウム)がもたらす3つの技術的ブレークスルー
このノイズ問題に対する画期的な解決策として登場したのが、GaN(窒化ガリウム)半導体です。従来のシリコン(Si)半導体に比べ、GaNは物理的に優れた特性を持ち、オーディオにとって3つの大きな利点をもたらします。
- より高いスイッチング周波数
GaNはシリコンよりも遥かに高速なスイッチングが可能です。これにより、電源回路の動作周波数を高く設定でき、音質に悪影響を及ぼすスイッチングノイズを、可聴帯域(~20kHz)から大きく離れた、影響の少ない周波数帯域へと追いやることができます。 - より高い電力効率と低発熱
エネルギー変換効率が高く、電力損失が少ないため、発熱が抑えられます。電源内部の温度が安定することは、コンポーネントの性能を最大限に引き出し、長期的な信頼性を確保する上で重要です。 - よりクリーンなスイッチング波形
GaNは物理的な構造上、スイッチング時に発生する波形の乱れ(リンギング)が少ないという特性があります。このクリーンなスイッチングは、電源出力の歪み(THD+N)を直接的に低減させ、音の立ち上がりの鋭さや切れ味、すなわちトランジェント特性の向上に大きく貢献します。
音質の鍵は「回路」にあり ー PFC+LLC方式が理想的な理由
「GaN」という素材を使っているだけでは、オーディオグレードの電源としては不十分です。音質、特にノイズ性能を最終的に決定づけるのは、内部の「回路方式」です。ここでは、電源の性能を決定づける回路構成を、性能の低い順に3つの階層に分けて解説します。
レベル1 フライバック / QRフライバック方式
最も安価なACアダプターに広く採用されている、基本的な方式です。構造がシンプルでコストが低い反面、スイッチング損失が大きくノイズも多いため、オーディオ用途では不利と考えられます。
レベル2 アクティブクランプ・フライバック(ACF)方式
フライバック方式を大幅に改良し、電力効率とノイズ性能を高めた先進的な構成です。スイッチング時に発生するノイズスパイクを大幅に低減する「ZVS(ゼロ電圧スイッチング)」という技術を実現しやすく、クリーンな電力を供給できます。
何を隠そう、私が長年愛用し、12V電源を全て統一するに至った「RAVPower RP-PC104」が、このACF方式を採用した、当時としては画期的な充電器でした。
他の充電器とどうして音が違うのか興味を持って調べていたところ、この回路構成の違いに気がついたのが、この記事の出発点です。残念ながら生産終了となってしまいましたが、本記事ではこのRP-PC104を基準とし、これを超える後継機を探すという視点で解説を進めます。

レベル3 PFC + LLC方式
大電力・高性能な電源装置で標準的に採用される、現時点での最高峰と位置づけられる構成です。これは2つのステージで構成されています。
第1ステージ PFC(力率改善)回路
ACコンセントから入力された電力の質を整え、ノイズをフィルタリングします。後段のLLC回路に対して、非常にクリーンで安定した電力を供給する、重要な役割を担います。
第2ステージ LLC共振回路
PFC段から供給されたクリーンな電力を元に、最終的な出力電圧を生成する心臓部。共振現象を利用することで、ACF方式よりもさらに滑らかでノイズの少ない、理想的な電力変換を実現します。
【実践】最適なGaN電源の選び方から使い方まで
客観的なデータに基づき、オーディオ用途に最適なGaN電源を選びます。
評価基準 ー 3つの着眼点
感覚的なレビューではなく、データに基づいた評価基準を明確に提示します。
- 回路トポロジー
最重要項目。究極の低ノイズを目指す上で、理想的な「PFC+LLC方式」を採用しているか。 - 部品の品質
電源の心臓部である制御ICや、ノイズフィルターの要であるコンデンサのメーカーと仕様。特にコンデンサは、電源の安定性とノイズ除去能力に直結します。 - フィルター性能
入力フィルターコンデンサの総容量。一般的に容量が大きいほど低周波のリップルノイズ(ハムノイズの原因)を除去する能力が高まります。
主要GaN充電器 内部仕様 徹底比較表
海外の専門的な分解レポートサイト「ChargerLAB」などの情報を基に作成した比較表です。導入時の参考にしてください。
特徴 | ![]() UGREEN Nexode 300W | ![]() Baseus 140W | ![]() | ![]() | ![]() |
回路構成 | PFC + LLC | PFC + LLC | QRフライバック | QRフライバック | ACF |
最大出力 | 140W | 140W | 30W | 30W | 45W |
ポート数 | 3 | 3 | 1 | 1 | 1 |
入力フィルター容量 | 200µF | 99µF | なし | なし | 60µF |
オーディオ用途 | 理想的な回路と大容量フィルター | 理想的な回路と大容量フィルター | 高コスパ。単ポートで回路がシンプル。堅実な設計。 | 高コスパ。単ポートで回路がシンプル。堅実な設計。 | 優れた基準機。ACFによる低ノイズ。 |
購入先 | Amazon | Amazon | Amazon | Amazon | 完了のため中古市場のみ メルカリで探す |
予算と目的に合わせた、ベストなGaN電源は?
比較分析の結果から、2つのカテゴリーで最適なモデルを推薦します。
【最高性能を求めるなら】UGREEN Nexode 300W
スペック上は、「UGREEN Nexode 300W」が最もおすすめです。
その理由は、分解レポートによってオーディオに理想的な「PFC+LLC回路」と、他を圧倒する合計200µFの大容量入力フィルターの搭載が明確に確認されている確実な技術的優位性にあります。これは、ACラインからのノイズ除去能力に最大限の期待が持てることを意味します。
参考: Teardown of UGREEN 300W Nexode 5-in-1 Charger (CD333) - Chargerlab
【手軽さと確実な音質向上を両立するなら】Baseus 140W
「ルーターの電源を手軽に交換して、確実な音質向上を得たい」。この最も現実的なニーズに応えるのが「Baseus 140W GaN充電器」です。
優れた利便性と確実な性能を兼ね備えており、壁のコンセントに直接挿せる手軽さでありながら、こちらも分解レポートで「PFC+LLC回路」の搭載が確認されています。技術的な確実性と使いやすさを両立した、非常にバランスの取れた選択肢です。
参考: Teardown of Baseus 140W PD3.1 GaN Charger - Chargerlab
【コストパフォーマンス重視で選ぶなら】
「まずは手頃な価格で確かな音質向上を体験したい」。そんな方には、「Anker 511 Charger (Nano 3) 30W」や「UGREEN Nexode Mini 30W」を推奨します。
これらのモデルは、単ポートで内部回路がシンプルなため余計なノイズ源が少なく、大手メーカーによる堅実な設計がなされています。標準付属のアダプターからのステップアップとして、手軽に試せるエントリーモデルです。
【重要】音質を最大限に引き出す鉄則 ー 1アダプター=1機器
最高の音質を引き出すために、最も重要な使い方があります。それは「1つの充電器には、1台のオーディオ機器のみを接続する」という鉄則です。
複数ポートを持つ充電器は非常に便利ですが、内部には各ポートへの電力供給を動的に分配・制御するための複雑な回路が搭載されています。複数の機器を接続すると、この電力分配プロセス自体が新たなノイズ源となったり、ポート間でノイズが干渉しあう可能性が否定できません。最もクリーンな電力を得るためには、充電器の能力を1台の機器に集中させ、内部回路を最もシンプルな状態で動作させることが理想です。
【必須知識】GaN電源と機器をつなぐ「トリガーケーブル」の選び方
最高の電源を手に入れても、そのクリーンな電力をロスなく、ノイズの影響を受けずにオーディオ機器まで届けなければ意味がありません。電源と機器をつなぐ「ケーブル」も音質を決定づける重要な要素です。
電圧を正しく伝える「USB-C PDトリガーケーブル」とは?
GaN充電器からルーターなどが必要とする特定の電圧(例: 12Vや9V)を取り出すためには、「USB-C PDトリガーケーブル」が必須です。
これは、充電器と通信し、必要な電圧を「要求」するためのICチップを内蔵した特別なケーブルです。このケーブルの品質が低いと、電圧が不安定になったり、ケーブル自体がノイズ源となったりする可能性があります。
失敗しないトリガーケーブル選びのポイント
オーディオ機器に接続する場合、以下の点を確認して選びましょう。
- 電圧(V)を確認する
お使いのオーディオ機器のACアダプターに記載されている電圧(5V, 9V, 12Vなど)と、同じ電圧に対応したトリガーケーブルを選んでください。 - プラグ形状を確認する
GaNアダプター側はUSB-Cが主流です。オーディオ機器側のプラグは、内径2.1mm/外径5.5mmか、内径2.5mm/外径5.5mmの規格がほとんどです。機器に合わせて選びましょう。NECのルーターや、I/OデータのSoundgenicなどで採用されているEIAJ規格の製品も、変換プラグを使えば対応可能です。 - 信頼できるメーカーを選ぶ
安価すぎる製品は避け、レビューなどで実績のあるメーカーの製品を選ぶことを推奨します。
以下に、標準的で信頼性の高いケーブルを紹介します。

より音質を追求するオーディオグレードのケーブル
PRaT sound
私は同社のトリガーケーブルを使用しています。 12Vと5Vがあり、端子も柔軟に対応してくれます。 auひかりのホームゲートウェイ、HGW-BL1500HM用にEIAJ♯5も制作してもらいました。
GaN充電器のポテンシャル底上げとして、GRV-RISER AC (のびねこ)も併用がおすすめです。
参考: PRaT sound
JSPC AUDIO
USB C to DC2.1mmの各種ケーブルをリリースしています。 注目すべきは5V対応のケーブルがあることですね。
参考: PD対応トリガーケーブル リリースのお知らせ
GAN電源には向きがある?
GAN電源はコンセントに指す向きによって音が変わることがあります。これは機器の電位とは異なる要因のため聴感上で判断しますが、判断が難しい場合はクリスタルイヤホンを使う方法が有効です。

機器側につなぐプラグの導通部分にクリスタルイヤホンをつないでノイズ音を確認します。GAN電源の刺す向きを反対にして、ノイズが少なく感じる方を正しい向きとして印をつけています。
まとめ ー GaN電源はオーディオの新たな選択肢となりうるか?
かつてオーディオの電源といえば、大型で高価なリニア(アナログ)電源が主流でした。しかし、GaN技術の登場と進化により、スイッチング電源は新たなステージに入りました。
この記事で解説したように、その内部回路や使い方を正しく理解すれば、GaN電源はリニア電源に比べて遥かに安価でありながら、オーディオシステム全体の質を向上させる大きな可能性を秘めた、十分に試す価値のある選択肢です。
- リニア電源との比較
GaN電源は、「小型・安価・高効率」という大きなメリットがあります。 - 技術の進化
かつてのスイッチング電源の弱点は、PFC+LLCといった先進的な回路の登場により克服されつつあります。 - 音質最優先の使い方
性能を最大限に引き出す鍵は「1アダプター=1機器」というシンプルな接続にあります。 - コストパフォーマンス
手頃な価格帯の高品質な単ポート充電器から始めるのが、賢明な第一歩です。 - 試す気軽さ
オーディオ専用品ではないため、万が一システムに合わなくても、スマートフォンの充電などに転用でき、投資が無駄になりにくいのも魅力です。
GaN電源は最高の電源ではないかもしれませんが、手軽にオーディオをより豊かにする素晴らしいきっかけになる可能性を秘めています。この記事が、その一歩を踏み出すための参考になれば幸いです。
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