
以前はスイッチング電源は悪、オーディオにはアナログ電源というイメージがありました。
しかし、最近はエコの観点や、良質なスイッチング電源の登場により、徐々に効率の良い電源へ移行するメーカーも増えてきました。
今回はその中でも窒化ガリウム(GaN)についての考察です。
窒化ガリウム(ちっかガリウム、GaN)はガリウムの窒化物であり、主に青色発光ダイオード(青色LED)の材料として用いられる半導体である。また、近年ではパワー半導体やレーダーへの応用も期待されている。ガリウムナイトライド (gallium nitride) とも呼ばれる。
窒化ガリウム - Wikipedia
オーディオの音質に「電源」は極めて重要
ネットワークオーディオを追求する中で、多くの方が同じ壁に突き当たります。
ルーターやネットワークハブ、USB-DACに付属している安価なACアダプター。これらはコスト優先で設計されたスイッチング電源であり、高周波ノイズをシステム全体に撒き散らすのでオーディオにとっては決してよくありません。
以前はアナログ電源を複数台使用していましたが、場所と熱の問題があります。
また、アナログ電源はスイッチング電源より良い、と一括りで決めつけできないことも分かってきました。
スイッチング電源にも反応の早さなどメリットもあります。
GaN (窒化ガリウム) をいち早くオーディオに転用したのは、オリオスペックだったと思います。
参考: OLIOSPECオリジナルGaN (窒化ガリウム) 採用USB出力2ポート充電器DCアダプター化キット
私はいくつかのGaN電源を試して、RAVPowerのGaN(窒化ガリウム)「RP-PC104」が気に入り、12Vの電源はすべてこれで統一しました。この製品は残念ながら生産終了となりましたので、後継機も含めて、GaN電源について解説したいと思います。

なぜ今「GaN電源」がオーディオに注目されるのか?
近年、オーディオ界隈で注目を集めている「GaN(窒化ガリウム)電源」。その理由を、従来のACアダプターが抱える問題点と、GaNがもたらす技術革新の両面から説明します。
従来のACアダプターが抱える「ノイズ」問題
ネットワーク機器に標準で付属してくるACアダプターのほとんどは、コストを最優先に設計された「スイッチング電源」です。その多くは「フライバック方式」と呼ばれる非常にシンプルな回路を採用しています。
この方式は、構造上、高周波のスイッチングノイズを発生させやすく、このノイズが電源ラインを通じてオーディオシステムに混入します。結果として、デジタル信号の揺らぎ(ジッター)の増加やS/N比の悪化を招き、音の透明感やディテールを著しく損なう原因になります。
GaN(窒化ガリウム)がもたらす3つの技術的ブレークスルー
このノイズ問題に対する画期的な解決策として登場したのが、GaN(窒化ガリウム)半導体です。
従来のシリコン(Si)半導体に比べ、GaNは物理的に優れた特性を持ち、オーディオにとって3つの大きな利点をもたらします。
- より高いスイッチング周波数
GaNはシリコンよりも遥かに高速なスイッチングが可能です。これにより、電源回路の動作周波数を高く設定でき、音質に悪影響を及ぼすスイッチングノイズを、可聴帯域(~20kHz)から大きく離れた、影響の少ない周波数帯域へと追いやることができます。 - より高い電力効率と低発熱
エネルギー変換効率が高く、電力損失が少ないため、発熱が抑えられます。電源内部の温度が安定することは、コンポーネントの性能を最大限に引き出し、長期的な信頼性を確保する上で重要です。 - よりクリーンなスイッチング波形
GaNは物理的な構造上、スイッチング時に発生する波形の乱れ(リンギング)が少ないという特性があります。このクリーンなスイッチングは、電源出力の歪み(THD+N)を直接的に低減させ、音の立ち上がりの鋭さや切れ味、すなわちトランジェント特性の向上に大きく貢献します。
「GaN」というだけでは不十分。音質を決定づける要素は?
「GaN」という素材を使っているだけでは、オーディオグレードの電源としては不十分です。音質、特にノイズ性能を最終的に決定づけるのは、内部の「回路方式」が重要です。
ここでは、電源の性能を決定づける回路構成を、性能の低い順に3つの階層(レベル)に分けて解説します。
レベル1 フライバック / QRフライバック方式
最も安価なACアダプターに広く採用されている、基本的な方式です。構造がシンプルでコストが低い反面、スイッチング損失が大きくノイズも多いため、オーディオ用途では不利と考えられます。
レベル2 アクティブクランプ・フライバック(ACF)方式
フライバック方式を大幅に改良し、電力効率とノイズ性能を高めた先進的な構成です。スイッチング時に発生するノイズスパイクを大幅に低減する「ZVS(ゼロ電圧スイッチング)」という技術を実現しやすく、クリーンな電力を供給できます。
「RAVPower RP-PC104」が、このACF方式を採用した、当時としては珍しい充電器でした。
他の充電器とどうして音が違うのか興味を持って調べていたところ、回路構成の違いに気がつきました。
参考: RAVPower 45W Ultrathin PD GaN Charger In-Depth Teardown Review - Chargerlab
レベル3 PFC + LLC方式
大電力・高性能な電源装置で標準的に採用される、現時点での最高峰と位置づけられる構成です。これは2つのステージで構成されています。
第1ステージ PFC(力率改善)回路
ACコンセントから入力された電力の質を整え、ノイズをフィルタリングします。後段のLLC回路に対して、非常にクリーンで安定した電力を供給する、重要な役割を担います。
第2ステージ LLC共振回路
PFC段から供給されたクリーンな電力を元に、最終的な出力電圧を生成する心臓部。共振現象を利用することで、ACF方式よりもさらに滑らかでノイズの少ない、理想的な電力変換を実現します。
RP-PC104の後継機を探す オーディオグレードGaN電源は?
客観的なデータに基づき、RP-PC104を超える後継機を考えてみます。
評価基準 オーディオグレード電源を考える3つのポイント
感覚的なレビューではなく、データに基づいた評価基準を明確に提示します。
- 回路トポロジー
最重要項目。究極の低ノイズを目指す上で、理想的な「PFC+LLC方式」を採用しているか。 - 部品の品質
電源の心臓部である制御ICや、ノイズフィルターの要であるコンデンサのメーカーと仕様。特にコンデンサは、電源の安定性とノイズ除去能力に直結します。 - フィルター性能
入力フィルターコンデンサの総容量。一般的に容量が大きいほど低周波のリップルノイズ(ハムノイズの原因)を除去する能力が高まります。
Apple製品の出力リップルノイズが低い(注1)のは、このフィルターが非常に堅牢なためです。
注1: Review of New Apple 70W GaN USB-C Charger (A2743) - Chargerlab
【重要】音質を最大限に引き出すための鉄則 ー アダプター1台につき、オーディオ機器1台
ここで、最高の音質を引き出すための重要なヒントを共有します。
「1つの充電器には、1台のオーディオ機器のみを接続する」という鉄則です。
複数ポートを持つ充電器は非常に便利ですが、内部には各ポートへの電力供給を動的に分配・制御するための複雑な回路(MCU)が搭載されています。複数の機器を接続すると、この電力分配プロセス自体が新たなノイズ源となったり、ポート間でノイズが干渉しあう可能性が否定できません。最もクリーンな電力を得るためには、充電器の能力を1台の機器に集中させ、内部回路を最もシンプルな状態で動作させることが理想です。
高級機1台で複数台接続するよりも、普及機で機器1台に対して、アダプター1台のほうがおすすめです。
主要GaN充電器 内部仕様 徹底比較表
海外の専門的な分解レポートサイト「ChargerLAB」などの情報を基に作成した比較表です。導入時の参考にしてください。
特徴 | ![]() UGREEN Nexode 300W | ![]() Baseus 140W | ![]() | ![]() | ![]() |
回路構成 | PFC + LLC | PFC + LLC | QRフライバック | QRフライバック | ACF |
最大出力 | 140W | 140W | 30W | 30W | 45W |
ポート数 | 3 | 3 | 1 | 1 | 1 |
入力フィルター容量 | 200µF | 99µF | なし | なし | 60µF |
オーディオ用途 | 理想的な回路と大容量フィルター | 理想的な回路と大容量フィルター | 高コスパ。単ポートで回路がシンプル。堅実な設計。 | 高コスパ。単ポートで回路がシンプル。堅実な設計。 | 優れた基準機。ACFによる低ノイズ。 |
購入先 | Amazon | Amazon | Amazon | Amazon | 完了のため中古市場のみ メルカリで探す |
予算と目的に合わせた、ベストなGaN電源は?
比較分析の結果から、2つのカテゴリーで最適なモデルを推薦します。
【最高性能を求めるデスクトップ・オーディオファイル向け】UGREEN Nexode 300W
スペック上は、「UGREEN Nexode 300W」が一番おすすめです。
デスクトップハブとしての活用
デスクトップ設置型のため、オーディオラック周りの電源ハブとして、ルーター、ハブ、PCなど複数の機器の電源を「最高品質の電力で」一元管理したいという要求に応えます。
ただし、前述の鉄則通り、オーディオ機器へは1対1での接続を強く推奨します。
確実な技術的優位性
分解レポートによって、オーディオに理想的な「PFC+LLC回路」と、他を圧倒する合計200µFの大容量入力フィルターの搭載が明確に確認されています。これは、ACラインからのノイズ除去能力に最大限の期待が持てることを意味します。
参考: Teardown of UGREEN 300W Nexode 5-in-1 Charger (CD333) - Chargerlab

【手軽さと確実な音質向上を両立したいユーザー向け】Baseus 140W
「ルーターの電源を手軽に交換して、確実な音質向上を得たい」。この最も現実的なニーズに応えるのが「Baseus 140W GaN充電器」です。
優れた利便性
壁のコンセントに直接挿せるウォールチャージャー型であり、ルーターやネットワークハブの隣に手軽に設置できます。技術的な確実性と使いやすさを両立した、非常にバランスの取れた選択肢です。
確実なPFC+LLC搭載
こちらも分解レポートで「PFC+LLC回路」の搭載が明確に確認されているモデルです。
参考: Teardown of Baseus 140W PD3.1 GaN Charger - Chargerlab
コストパフォーマンス重視で選ぶ
「まずは手頃な価格で確かな音質向上を体験したい」。そんな方には、別の選択肢があります。現在の市場では、信頼できるメーカー製の「高品質なQR(疑似共振)フライバック方式」を採用した小型・単ポート充電器が、最もコストパフォーマンスの高い選択肢となります。
具体的なモデルとして「Anker 511 Charger (Nano 3) 30W」 や「UGREEN Nexode Mini 30W」を推奨します。
これらのモデルは、単ポートで内部回路がシンプルなため余計なノイズ源が少なく、大手メーカーによる堅実な設計がなされています。標準付属のアダプターからのステップアップとして、手軽に試せるエントリーモデルです。


USB-C PDトリガーケーブルの選び方
最高の電源を手に入れても、そのクリーンな電力をロスなく、ノイズの影響を受けずにオーディオ機器まで届けなければ意味がありません。電源と機器を繋ぐ「ケーブル」も音質を決定づける重要な要素の1つです。
電圧を正しく伝える「USB-C PDトリガーケーブル」とは?
GaN充電器からルーターなどが必要とする特定の電圧(例: 12Vや9V)を取り出すためには、「USB-C PDトリガーケーブル」が必須です。
充電器と通信し、必要な電圧を「要求」するためのICチップを内蔵したケーブルです。このケーブルの品質が低いと、電圧が不安定になったり、ケーブル自体がノイズ源となったりする可能性があります。信頼できるメーカーの製品を選ぶことが重要です。
GaNアダプターの出力はUSB-Cが主流です。
USB-Aは少数です。オーディオ用途のプラグは、内径2.1mm/外径 5.5mmか、内径2.5mm/外径5.5mmの規格が多いです。
この場合、USB-Cから、オーディオ機器側に合わせたプラグに変更する必要があります。
ケーブル側で9V/12V/15Vなどの電圧を指示する必要があります。
また、USB-Aタイプが5V規格であることから、トリガーケーブルの5V需要が無いため、5Vで給電したい場合は、USB-Aから内径2.1mm/外径 5.5mmなどのケーブルで対応します。
オーディオ機器側は5Vと12Vが多いと思います。一部9Vの製品もありますが、その場合は9Vのケーブルを選んでください。NECのルーターや、I/OのSoundgenicなどEIAJの製品も変換プラグで対応できます。
標準的なケーブルを紹介します。

オーディオグレードのトリガーケーブル
もともとPCの充電がメインなので、オーディオ用途のケーブルは少ないです。数社から出ているので紹介します。
PRaT sound
私は同社のトリガーケーブルを使用しています。
12Vと5Vがあり、端子も柔軟に対応してくれます。
auひかりのホームゲートウェイ、HGW-BL1500HM用にEIAJ♯5も制作してもらいました。
GaN充電器のポテンシャル底上げとして、GRV-RISER AC (のびねこ)も併用がおすすめです。
参考: PRaT sound
JSPC AUDIO
USB C to DC2.1mmの各種ケーブルをリリースしています。
注目すべきは5V対応のケーブルがあることですね。
参考: PD対応トリガーケーブル リリースのお知らせ
「USB-C PDトリガーケーブル」の電力上限について
ここで注意点があります。
トリガーケーブルで取り出せる電力には上限があり、多くは60W(20V/3A)または100W(20V/5A)に制限されています。これは、ルーターやハブといったDCプラグで接続する機器の消費電力を十分にカバーしますが、140Wのような高出力をDCプラグに変換するものではないことを理解しておく必要があります。
おすすめのGaNアダプター(高出力用)
RoonのNucleusなど大きな出力が必要な場合、GaNアダプターとトリガーケーブルを使うよりも、オリオスペックで扱っているAdapter Technology製品がおすすめです。
参考: Adapter Technology 「ATS120TS-P120」 12V/108W GaN Series AC Adapter
GAN電源には向きがある?
GAN電源は指す向きによって音が変わります。
指す方向で機器の電位が変わるわけではないので、聴感上で判断しますが、ルーターなど、電源のON/OFFに時間がかかる製品の場合、判断が難しいかもしれません。

私は、クリスタルイヤホンを使って判断しています。
機器側に繋ぐプラグの導通部分にクリスタルイヤホンを繋いでノイズ音を確認します。
GAN電源の刺す向きを反対にして、ノイズが少なく感じる方を正しい向きとして印をつけています。
窒化ガリウムはオーディオに使えるか? まとめ
- 最高の性能を求めるなら、その内部に「PFC+LLCアーキテクチャ」を搭載した電源を選択する。
- コストパフォーマンスを重視するなら、「信頼できるメーカー製の高品質な単ポート充電器」から始める。
- 使用する機器に合わせた電圧、プラグ形のケーブルを用意する。
- GaN充電器用のオーディオ用トリガーケーブルは、PRaT soundやJSPC AUDIOから入手可能
- 高出力用GaNアダプターとして、Adapter Technology製ATS120TS-P120(12V/108W)がおすすめ
- GaN電源には向きがあり、ノイズの少ない方向を選ぶことで音質向上が期待できる
- GaN電源は一般的なスイッチング電源と比べて、背景が静かで音数が多い印象がある
- 1つの充電器には、1台のオーディオ機器のみを接続する
- GaN電源は低価格で、オーディオ用途以外にも流用できるため、気軽に試せる利点がある
コメント